2006年12月01日

2006年12月

2006. 12. 5. Tue
次のミッションに向かって
フェスピックが終わって5日も経ってしまったね。あっという間の出来事で、全てが一瞬にして過ぎ去っていった感じ。マレーシアに来てからというもの、語りつくせない程の経験や感動、そして出会いがあった。本来なら「独り言」や「体験記」をフル活用して紹介したいところだけど、全然追いつかないよ(苦笑)でも、これから頑張る。
 
出来ることなら、ずっとマレーシアチームの成長を見続けたいねー。それから、もっともっと沢山の人とも出会って、バスケというツールで交流したい。Jの人生はまだまだ留まれないし、落ち着けそうにない。
 
明日からは、かねてからの希望だった地方巡業。トレンガヌという街に行って、障害を持った人たちに車いすバスケの楽しさ、素晴らしさを紹介してくる。また新たな出会いがあると思うとワクワクしてくる。
 
便りのないのは元気な証拠!?ってことで、明日からトレンガヌに行って来ます。
 
 
<追記>
そうそう、フェスピックの結果を書いてなかった。公式サイトを確認したら、29日までの結果しかアップされてないしね。我がマレーシアチームは決勝トーナメントに進んだものの、その後は全敗して8位でフィニッシュ。まあ、岩野さんとも話したけど、彼らは良く頑張ってくれたし、まずまず評価できる内容だと思います。
 
日本チームは、3決で韓国チームと最後まで接戦を繰り広げていたけど、残り2数秒で放たれた韓国のスリーポイントシュートが決まって1点差で逆転負け。本当に鳥肌が立つような試合だったけど、最後もドラマチックな結末で幕を閉じた。
 
別に日本チームを援護するつもりは無いけど、韓国はベストメンバーで来ていたから、”育成”の意味を込めて若手中心で来ていた日本チームは善戦したと思う。明らかに次のステップを考えれば、日本チームの人選は意味があると思う。日本チームの将来は明るいし、悲観的になる事は何もないよ。
 
優勝 イラン
2位 オーストラリア
3位 韓国
4位 日本
5位 台湾
6位 中国
7位 タイ
8位 マレーシア
以下未確認
 
 
 
 

2006. 12. 6. Wed
先駆者の使命
今日はトレンガヌに初上陸。トレンガヌ州は、以前Jが一人旅したケランタン州の隣にあり、ここも90%以上がマレー系のマレーシア人(イスラム教徒)らしい。 と言うことで、頭にトドンというスカーフを被っている女性が多い。また、Jの大好きな酒が飲める場所も少ない・・・(苦笑)
 
明日は障害者の施設で「車椅子バスケのイベント」を開催するんだけど、この種のイベントは数ヶ月前にJICA主催で行った、伊達公子さんのテニス教室に次いで2度目とか。しかも、今回は初の車椅子利用者(障害者)主導によるイベント。より参加者の人達に親近感を持ってもらえれば嬉しい。
 
Jがこのようなイベントを企画した理由は二つ。一つはJICAの活動を通して、少しでも多くの人に車椅子バスケットの素晴らしさや、障害者の社会参加への希望を伝えたかったから。もう一つは、これらの活動をマレーシアの選手達に引き継ぐこと。現在代表チームで活躍している彼らが、この国の障害者環境を変えていくんだ。あくまでJはマレーシアのサポーターであり、実際に変えていくのは彼らだからね。今回同行させたキャプテンのファズランにも伝えた。「これらの活動は、先駆者であるお前の使命だよ」って。彼は真剣な表情でうなずいていた。
 
きっとここから変っていくに違いない。そう信じているし、願っている。
 
 
 

2006. 12. 7. Thu
教えるつもりが・・
トレンガヌのイベント会場は、バンギにあるPLPPに似た障害者の作業施設。バスケットコートは外にあった。ゴール(リング)は、今日のために手作りされたものらしい。その高さは小学生用のゴールよりも低く、リングサイズも何とかボールが通るほどの大きさ。しかも、バトミントンのコートくらいしかない狭いコートで凸凹。全てが規格外の条件。「こんなところでバスケットをやれるのか?伝えられるのか??」正直不安を感じた。間違いなく、今まで開催してきたイベントの中では最悪の状況。また、外に出てバスケのデモを始めた瞬間、雲行きが怪しくなり雨まで降り出した。これまた最悪。何だか続行不可能な感じだし、盛り下がっていく気配。「どうしよう・・・」正直焦った。
 
急遽屋根のついた場所にバスケットゴールを移し、更に狭くなったコートで体験バスケを開始した。バスケ車に乗ってコーンを回る車椅子操作体験に参加希望者が殺到。狭いコートながら、みんな初めて乗るバスケ車を必死で操り、“一生懸命楽しんでいる”。そんな彼らの姿を見て、考えさせられるものがあった。道具や場所は二の次で良かったのかも?大事なことは、こういう機会を作ること。そして、みんなで同じ時間を共有して“一生懸命楽しむ”こと。日本では知らず知らずのうちに、贅沢になっていた自分に気付かされた。「体育館が狭い」、「競技用車椅子が用意されて無い」、「コートの床が凸凹」等など。でも、本当に大事なことは、与えられた環境の中で最善を尽くすこと。それは、仕事でも遊びでも同じ。今回の旅では、色んな事を教えるつもりだったJが、逆に彼らから多くのことを教わった。
 
室内で行った講話でも反応は面白かった。結構長い時間を費やしたけど、みんな良く話を聞いてくれたし、沢山の質問も飛び出した。同行したファズランは、みんなとマレー語でやり取りをしていたので理解出来なかった部分もあったけど、後で聞いたら「PLPPに入所する条件や方法を尋ねていた人が多かった」らしい。しかも、スポーツに興味を持ってくれた人も多く、「是非やってみたい!」って言う人も多かった。「ジンボサン、彼らが色んな事に興味を持ってくれて嬉しい」と、ファズランが言った。もちろん、Jも嬉しい。色んな悪条件の中、今日のイベントが大成功だったかと聞かれれば、それは見る人によって様々な見解があると思う。しかし、J自身は「着て良かった」と、心から思う。
 
Jが障害者になって、自らの経験で痛烈に感じたこと、それは「知る」ことの大切さ。今回も痛感した。色んな事を知ることで、人は人として色んな事を学ぶのだと思う。人の痛みを知れば、きっと優しくもなれる。強さを知れば弱さも知れる。悪を知れば善も知れる。色んな幸せの形も知れるし、大切なものも見つけることが出来る。はず?そして、知ることの楽しさを知ってしまったJは、やめられないし止まらない!(笑)
 
今回の旅ではJICAをはじめ、現地で活躍するJICAのボランティアスタッフ、彼らの同僚など多くの方々からサポートを頂いて実現する事ができた。このような素晴らしい経験が出来る事に感謝。お世話になった沢山の方々に大感謝。
 
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規格外?のコートとゴールを背にして記念撮影
 
 
 

2006. 12. 9. Sat
追われている!?
昨日の夜、無事にKLへ戻ったんだけど、何だか気が抜けてしまった感じだよ。忙しく慌ただしくしている時はいいんだけど、その反動か?逆に時間が出来るとダレまくりで落ちるんだよねー(苦笑)今日もやる事たくさんあるのを知りつつ、全く何も出来ずに飲んだくれて終ってしまった。
 
まずは、JICAに提出する報告書でしょ。しかも、日本語と英語の両方を提出しないといけないらしい。また、出張報告にHPの更新準備もしなきゃだ。更には、次なるミッションに向けた資料作り・・・・と、一番好きじゃないデスクワークが目白押しデス。来週はクチンというボルネオ島(インドネシア側)に渡ってバスケのデモ&講演があるんだけど、その準備もしないといけないなぁ。
 
そうそう、今日は面倒くさいので、いつもジェルで固める頭も、風呂あがりのままにしてたんだけど、鏡で見たら白髪が目立つんだ!!!これって大事件だよ(笑)なんだか気付けばオヤジ一直線って感じ。気持ちだけは若いけど、身体は正直だね。昔親父の白髪を一本抜くと、10円の小遣いが貰えたんだけど、考えてみるとその時の親父と同じ位の年だったりするJ。別に意味無いけど、何だか不思議な気分のJ。
 
 
 

2006. 12. 11. Mon
結婚ですか?
今日、中華系マレーシア人の友人ジェイクと会って夕飯を一緒した。彼は近くのショッピングモールで絵画の店(屋台風の小さな店)を経営している絵描き。今回の来マ当初、たまたま立ち寄って世間話をしてから付き合いが始まった。最近J自身も絵画に興味があった事や、彼は日本で出稼ぎをした経験もあることから、すぐに意気投合して親しくなった。当然の事ながら?気合を入れて、彼から2枚ほど絵も買ったよ。日本に持ち帰っても飾る場所がないんだけどねー。
 
彼とはもっぱら絵画について話すんだけど、今日は珍しく恋愛感や結婚感、それから人生のゴールについて語り合った。彼はJより一つ年上の37歳。数年前に結婚をして幸せに暮している。Jは「今のところ、結婚する相手も予定もない・・・」って言ったら、彼は「俺も5年付き合った彼女と別れてしまって以来、まさか結婚するなんて思わなかったよ!」と、Jをフォローするような感じで言った。きっと、Jにもチャンスがあるってことを言いたかったに違いない(苦笑)
 
最近、何人もの友達に「結婚とか考えてないの?」とか聞かれた。しかも、一人や二人ではなく、異なった交友関係にある多数の友人知人から。そんなこともあり、ある人のエッセイなども読んでみた。記憶に残った言葉は「自由と孤独は背中合わせ」。今の自由を孤独と感じたとき、Jも結婚の選択肢を真剣に考えるのか?または、孤独を楽しんで一生自由を追い求めていくのか?自分でも全く見当がつかないよ(苦笑)
 
でも確信している答もある。それは、車椅子バスケの楽しさ&素晴らしさを、一人でも多くの人に伝える事。車椅子バスケを通して、一人でも多くの人を元気にする事。そして、究極は車椅子バスケを通して世界の平和に貢献する事!!なーんて、ちょっと大げさか・・。でも、このライフワークを得る事が出来ただけでも、“幸福“に値すると思う。
 
 
 

2006. 12. 13. Wed
ボルネオ島に上陸
本日より初のボルネオ島(インドネシアと共有している)のサラワク州クチンに上陸。同じマレーシア国内の旅というのに、外国人が入島する際はパスポートが必要で、入国カードも書く必要があるところが面白い。今回はここで車椅子バスケのイベントを開催する。
 
ホテルにチェックインだけ済ませた後、さっそく協力していただく福祉局の事務所に行って挨拶をし、更に会場となる障害者の職業訓練施設を下見した。先週行ってきたトレンガヌよりは良い環境だったかな(笑)何よりイベント会場が室内なので、雨が降っても問題なく決行できるところが嬉しい。今回はチームからチュアを同行したんだけど、彼も「初めての大舞台?を前日に控え、かなり緊張している」と言っていた。
 
当然ながらボルネオ島は海に囲まれている関係で、新鮮な魚介類が豊富で安いらしい。今夜の夕食は同行していただいたJICAのスタッフ、それからクチンでJICAのボランティア活動をされているシニア隊員の方でシーフードを堪能した。しかも、シニア隊員の方が、自分でさばいて持参して下さったマグロの刺身も美味しくて大満足。また、ビールも飲んだのに、一人MR20(600円程度)というのが嬉しい限り。
 
明日も少しの緊張とたくさんの楽しみを満喫してきます。
 
 

2006. 12. 16. Sat
クチンの旅
相変わらず色々とハプニングがあったけど、一昨日クチンで開催したイベントは無事終了。障害(特に下肢)を持った人の参加が少なかったので、直接的なアプローチはあまり出来なかったけど、その代わり?青年スポーツ省でバスケを担当している方が来られ、熱心にルールや競技用車椅子のことを尋ねてくれたことが印象的。また「サラワク州に車椅子バスケチームを作る予定」とも話してくれたので、近い将来に実現する事を願いたい。
 
初めて訪れたクチンは非常に興味深い街だった。例えば、少し前までは水上集落があったらしく、川沿いギリギリの場所にたくさんの家や小さな桟橋があったし、上手く説明できないけど水上生活の匂いがプンプンする光景だった。また、川が多いクチンではボートが人々の足になっているようで、小さなボートがアチコチで両岸を往復していた。しかも、川を挟んで近代的なビルが建ち並ぶ“都会”と、古い家が建ち並ぶ“田舎”に分かれているのは不思議な光景。双方を結ぶ橋が少なく車の行き来が極端に少ないことから、このように相反する環境を作り出した様子。全く違う顔を持つ二つの街並みを堪能する事が出来た。
 
 
<ちょっと寄り道、ホントの独り言>
J の友人知人には旅好きが多く、時間が出来ればアチコチを回っている彼ら。J自身もバスケを絡めた旅が多いけど、アチコチ旅する機会は多い。彼らと話す機会がある時に良く感じることがあるんだけど「世の中には二通りの人がいる」って。一方はお金や物に執着するタイプ。このパターンは周囲に対するプライドが高いエリート系?(笑)もう一方は、旅に感動を求めたり自分の好きな趣味に投資するタイプ。このパターンは自身のエンジョイライフを優先するけど、エリートにはなれない貧乏系?(笑)Jを含めて当てはまる人はゴメンなさい!でも、両方の良い部分をバラス良く持ち合わせている人が素敵だよね。
 
多分、彼は経済的にも充分満たされおり、周囲に自慢できる地位にもある。でも、その部分を自慢するどころか微塵も見せることなく、常に自分のライフスタイルを追求して楽しんでいる。彼は小さな国産の大衆車に乗っているんだけど「僕に高級外車は必要ない。だって車は移動の手段だし、都会の狭くゴチャゴチャした道や渋滞には小さい方が便利で合理的」って。しかも、全く嫌みな感じがなくて好感。本当にお金の無いJが言うと、単なる負け惜しみだけど、なぜか彼が言うとカッコイイ!(笑)
 
  
 

 2006. 12. 19. Tue
 さよならマッチ
   本日、Jにとってマレーシアで最後の仕事。本当は昨日で終わりにする予定だったけど、みんなと約束していた「さよならマッチ」が出来なかったので今日に延期。今回も代表Aチーム対代表Bチーム+Jで戦った。最後の真剣勝負!?結果は63−32のダブルスコアで敗退。ゲームが終った瞬間、超悔しい気持ちと同時に大きな喜びで満たされた気がする。だって、思い返せば赴任当初の8月、同じメンバーで対戦してもBチーム+Jの方が強かったんだから。しかも、何度戦っても負けることはなかった。
 
たった5ケ月の間に、彼らはとてつもなく大きくなっていた。「何度教えても出来ない!」って嘆いていたことが、いつの間にか出来るようになっていた。イヤらしいプレーも上手になっていたし、コートのスペースを広く使うバスケットも出来ていた。何百回も繰り返し言い続けた結果、確実に彼らは変化を遂げていた。“諦めなければ必ず変われる”ってことを実感した。これまで「独り言」や「体験記」でも、散々な事を書いてきた。でも、時間は掛かるかも知れないけど、掛かったかも知れないけど、気がついたら彼らはJを超えていたね。だから、すごく悔しいけどそれ以上に嬉しいのだと思う。ほんと複雑(笑)
 
今日はバスケのメンバー全員と昼食をとって、さよならマッチを戦い、一部の選手とは日付が変るまで語り合った。当初はKLで買い物でもしようかと考えていたんだけど、何故か?彼らと一緒に過ごしたいと思う気持ちで一杯だった。夜、偶然チームのスタッフであるシャリーと出くわした。挨拶をしていたら、突然崩れるようにJの肩に顔をうずめ「MY FRIEND!」と泣き出した。驚いたよ。40過ぎのオヤジが!ってね(苦笑)ほかにも、選手達から記念の品々をたくさん貰った。正直言えば、イマイチ使えそうな物が少なく、持って帰るにも荷物になる物が多い。でも彼らの気持ちは日本に持ち帰ることにする。
 
この5ヶ月間の思い出を、言葉にするのは大変。きっと、書いても書いても書き足りないし、言葉では表現しにくい喜びや怒りや葛藤もあった。毎日があっという間で、サボっているつもりはないんだけど、「独り言」意外はほとんど更新する事ができず、訪れてくれる人に申し訳ないと思うことが多かった。
 
マレーシアで過ごす時間は、あと20時間を切っている。とりあえず全ての荷物をまとめて、5ヶ月間見慣れたKLの街を、もう一度良く見回してから日本に帰ろうと思う。慌ただしい帰国準備の中、お世話になった方々や知り合った多くの方々と、一人ずつお別れの挨拶はできないから、この場を借りてお礼だけ言わせて下さい。みなさん、本当にお世話になりました。そして、ありがとうございました。明日から日本での新しい生活と、新しいチャレンジが始まります。
 
 
 

2006. 12. 20. Wed
From air port
korekara nihon ni mukete shyppatu desu.
Malaysia ni kite hontouni yokatta desu.
 
Thanks for my friends.
I hoop i will be back to Malaysia.
 
 
 
 
 

2006. 12. 21. Thu
帰国して思うこと
帰国して最初に感じたこと。
「やべーー、寒すぎる!」
次に感じたこと。
「何でもカンでも高ヒー!」タクシーで千葉まで1万2千円だって!
今日だけで一番大きな札が2枚飛んでいった・・。
 
帰国して不思議に感じたこと。
全然日本食恋しいと思わない自分がいたこと。
これって、アメリカから帰国した時にはあり得ない感覚(笑)
ちなみに、今日は昼にあるJICAスタッフの方と本場のインドカレー。
それ以外は何も食べてない。今夜は復活した吉野家の牛丼でも食べに行くか。
 
帰国して嬉しく感じたこと。
さっき愛車の”ゴルぉ”(VWゴルフ)に会えたこと。
久しぶりの運転が嬉しくて、しばしドライブを楽しんできた。
 
帰国してバツが悪く感じていること。
本来は帰国の前に提出する活動報告書未提出。ヤベッ・・
今メールで送ったところです。→もし「独り言」を見ていたらスイマセン。
 
えっと、帰国して3番目に感じたこと。
「日本の女性ってキレイだし、洋服のセンスとかもイイ!」
マレーシアにいる時よりは、見る楽しみが増えたかな(笑)
 
 
 
 
 

2006. 12. 22. Fri
そして沖縄
昨日帰国したと言うのに、今日は沖縄にきているJ。ちょっとハードスケジュールだったけど、それでも大好きな場所だからねオキナワ♪しかも、暖かい場所であることがGood。あっ、北海道並びに雪国在住の友人・知人の皆々様、本当にごめんなさい。もちろん北の国も好きなんですが、ちょっと今の季節は伺えそうにありません・・・。年寄りっぽいけど、寒がりなもので(苦笑)
 
今夜は練習があると思って夕方到着で入ったんだけど、練習は明日一日だけみたい。少し残念。でも、これから少し街を散策して、夜は沖縄チームの人と久しぶりに飲め・・、イヤ食事。
 
明日は福岡からLimitzの面々も到着しての合同練習&忘年会。みんなに会えるのも楽しみ。最近バスケの練習が出来てなかったから、少し不安だけど、足を引っ張らない程度に頑張ってみたいと思う。
 
沖縄の気温は20度前後。少し肌寒い感じだけど、東京近郊に比べれば断然暖かいし過ごし易い。ここで3日間ほど気候に対するリハビリ?をして、寒い関東に帰りたいと思う。でも、もうすでに少しノドが痛いんだよねー。リハビリでなく治療が必要になる可能性も・・。意外とデリケートっていうか軟弱なんだよ(笑)
 
 
 

2006. 12. 23. Sat
沖縄遠征
バスケの練習試合。そして、超長時間の沖縄式宴会スタイル。あっという間に一日も終わり、気が付けば日にちも変り・・・。急遽明日も朝からバスケの練習が入った。 って言う事で飲み過ぎに注意したから、明日も気合入れてバスケしてきます。実は、結構マレーシアに未練があるんだけど、日本もイイよね!(笑)
 
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写真左 沖縄&福岡の集合写真
写真右 合同忘年会での一コマ
 

2006. 12. 27. Wed
お陰様で
クリスマスを挟んで3日間、書き込みをしないでいた(厳密には書き込みできなかった)ら、2人の友人からメールがきた。
 
友人A「とうとう風邪でも引いた?」っていうような内容。
友人B「もしかして、Xマスは女の子と楽しくしてた?」っていうような内容。
 
ハハハ(笑)でも、どっちもハズレ。今回はお陰様で風邪も引かずに乗り切っているよ。今のところ。ところで、師も走る師走(シワス)。なんで、年末になるとアレコレ思い出したように忙しくなるんだろう。日本人って、ホント几帳面な生きものだと思います。全般的に。
 
   
 

2006. 12. 29. Fri
今日思うこと
数年前の今日、とても親しくしていた同級生の友人がこの世を去った。全く信じられない状況に、最初は涙も出なかったことを思い出す。当時俺は転勤で福岡に住んでいた。たまたま年末年始を地元で過ごすために上京してたから、喪服なんて持ち合わせておらず、ジーンズとジャケット姿で通夜に行った。その時も全然信じられなかったけど、翌日の告別式で眠ったような彼の姿を見て、取り乱したように泣いた事を思い出す。
 
普段忙しく生活する中で、長い時間が経つにつれて、その悲しさも忘れがちになるけど、命日の今日くらいは彼を想いだして偲びたい。年末に亡くなった彼が残してくれたもの。それは、毎年この日を旧友の”同窓会”にしてくれたこと。約束もしてないのに、どこからとも無く旧友が集まり、お墓には彼が好きだったビールが供えられ、夜は彼の店(中華料理屋)で彼を偲ぶ同窓会が始まる。年に一度、彼がみんなを引き合わせてくれている。
 
今日は帰省の大渋滞をくぐり抜け、彼に会いに行ってくる。そして、毎回彼の仏前で誓う。「俺はモンさんの分まで生きる!一生懸命生きて、生きる喜びを一人でも多くの人に伝える」
 
彼の店には入り口にスロープがついている。改装後、「神保や車椅子のお客さんが入り易くするように付けた!」と言ってくれた。中坊時代はケンカもしたし、ののしり合ったりもしたけど、数少ないガキの頃からの友達。これからも、彼の死を心に刻んで一生懸命生きたいと思う。
 
 
 

2006. 12. 31. Sun
戌年最後の日に
今日で2006年も終わりだね。次に巡ってくる戌年は48歳の年だってさ!?ヤベー、マジで想像つかない48歳の俺(笑)
 
それにしても、今年は新しい挑戦の一年だった。JICAを通じて初の海外ボランティア活動&マレーシアでの生活。これは会社を辞しての活動になったけど、失ったもの以上に得たものは大きかった。世界は本当に広い!そして、俺が出来る事、やるべき事もたくさん見えてきた。これから先の人生どうなるか分かんないけど、一つ言えることは「死ぬまで楽しい人生が送れそう」って。
 
2007年も新たな挑戦を始めるつもり。これからも、人生の楽しさや喜びを神保康広の視線で伝えていきたいから。今年もたくさんの人からパワーをもらって、一年間楽しく充実した日々を過ごすことが出来た。だからいっぱいの”ありがとう”を言いたい。そして、俺自身もパワーを与えられる人間になれるよう、もっと自分を磨いて高めていければと思う。
 
とりあえず、しばらくの間は自分の引き出しを整理して、たくさんの知識と情報をインプットしていきたいと思ってる。2007年は、更にパワーアップした神保康広を目指します。それでは、今年一年Js-pageを訪れてくれた方々、知り合えた方々、そして毎度お世話になった皆々様、今年も一年ありがとうございました。また、健やかな新年をお迎え下さい。 
posted by J's page at 00:00| 独り言_